仙台高等裁判所秋田支部 平成9年(行コ)1号 判決 1997年12月17日
控訴人
原田悦子
右訴訟代理人弁護士
虻川高範
同
菊地修
被控訴人
秋田県知事寺田典城
右訴訟代理人弁護士
加藤堯
同
木元愼一
右指定代理人
斉藤英晴
外二名
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が控訴人に対し平成六年八月二九日付でした公文書非公開決定のうち、「水利権者の同意書」中の住所、氏名及び印影について非公開とした部分を取り消す。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
主文同旨
第二 事案の概要
本件の事案の概要は、以下一のとおり付加し、以下二のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決「第二 事案の概要」(原判決二枚目表二行目冒頭から一一枚目表四行目末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決五枚目表八行目末尾の後に続けて「(弁論の全趣旨)」と付加する。
二 当審における控訴人の主張
1 本件林地開発許可申請のような森林法に基づく林地開発の許可申請をなすにあたっては、申請書の添付書類として、当該許可申請にかかる土地の周辺ないし下流の水利権者の同意書が必要不可欠とされる行政実態があったから、本件同意書が少なくとも事実上、本件林地開発の許可、不許可に影響していたことは明らかである。
2 水利権は、法定外公共用物である普通河川に対する利用権であって、純粋な私権ではなく、公共性をもつものである。ある普通河川について誰が水利権者であるかが公表されたからといって、当該水利権者には何らの不利益も生じない。
3 以上によれば、本件同意書が公開されることが公益上必要なことは明らかであり、他方、本件同意書が公開されることによる当該水利権者の不利益はないというべきであるから、本件同意書は、本条例六条一項三号の「公開することが公益上認められる」文書であることが明らかである。
4 したがって、前記行政実態の存在を否定し、本件同意書の公開による個人のプライバシーの侵害と比較して、公開による公益上の必要性が低いとの判断のもとに控訴人の請求を棄却した原判決は取り消されるべきである。」
第三 争点に対する判断
当裁判所は、控訴人の請求を認容すべきものと判断するものであり、その理由とするところは、以下のとおりである。
一 争点一について(本件非公開部分は個人に関する情報か否か)
証拠(乙六ないし九)及び弁論の全趣旨によれば、本件非公開部分(以下「本件同意書」という。)の氏名等の欄には、個人の住所、氏名及び印影のみが表示されていることが認められるから、右の部分が、本条例六条一項一号にいう「個人に関する情報」であり、かつ、「特定の個人が識別されるもの」に該当するというべきであり、この判断を左右するに足りる証拠はない。
なお、控訴人は、非公開理由説明書に対する意見書(甲四)や本件非公開決定に対する異議申立て書(甲三)において、「事業者が浅内土地改良区の了解を得て農業用水路に雨水並びに処理水等を放流している事実を認める発言もあり、同意書中の同意者は、これら会員並びに組合員理事会等の承認を得た意志統一後の同意書と思われます。」と説明したり、原審における控訴人本人尋問において、「平成三年一月、同年一二月及び平成四年五月に、実際、水を流して、私の家の田圃にも大変迷惑を受けたんですが、そのときに、産廃センターの社長が田圃にいる私のほうに来まして、浅内土地改良区から、水を流していいという水利権者の同意書をもらってあるので、水を流すことについては問題がないと、こういうふうなお話をされておりました。」など述べるなど、本件非公開部分に個人の署名があるにしても集団の代表者として署名したもので、純粋に個人の資格で署名しているのではないから、個人に関する情報には当たらないという旨の見解を述べる。しかし、本件林地開発による水量の変動に利害関係を有する者は、浅内土地改良区会員のほかにも、周辺営農家の地権者、浅内水利組合組合員なども存在すること(甲三、四、七、原審における控訴人本人尋問の結果)からすれば、本件林地開発許可申請者である能代産廃センターが、浅内土地改良区などの水利権を有する団体の意思の表示として本件同意書を取得したり、本件同意書を右団体の意思を表示する文書として被控訴人に提出し、かつ、被控訴人において、これを右団体の意思を表示する文書として受理したとまでは推認できないから、前記控訴人の供述や主張をもって、本件同意書が個人情報であることを否定するには足りないというべきである。
二 争点2(本件非公開部分を公開すべき公益上の必要があるか。)
1 右のように、本件同意書が個人情報であり、かつ個人が識別される情報に当たるとして、次にその公開の当否について検討する。すなわち、本条例は、第一条で「この条例は、県民の公文書の公開を求める権利を明らかにする」として、いわゆる公文書公開請求権を制定し、第三条において、「実施機関は、県民の公文書の公開を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、運用しなければならない」として、右権利の運用方針を定めながら、同時に「この場合において、実施機関は、個人に関する情報が十分に保護されるように最大限の配慮をしなければならない」として、個人に関する情報の保護をも一方の方針とし、それを受けて、本条例六条一項一号は、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るものを包括的に公開の対象から除外し、わずかに、同項一号ただし書所定の①法令又は条例に定めるところにより何人でも閲覧することができるもの、②公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得したもの、③法令又は条例の規定による許可、免許、届出その他これらに相当する行為に際して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上必要と認められるもの、という例外を定めているからである。このように個人情報を、いわゆるプライバシー情報(プライバシーの範囲は多義的であるが、「個人の思想、宗教、身体的特徴、健康状態、家族構成、職業、学歴、出身、住所、所属団体、財産、所得等に関する情報であって、特定の個人が識別されるもののうち、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」という表現が条例等で用いられている例がある)に該当するかどうかを問わず広く非公開としたことは、それ自体としてはプライバシーにあたらなくても他の事項と関連させて個人識別につながるようないわゆる外延情報をも非公開とすることによって、プライバシー保護を徹底する趣旨であると理解することができる。このような点から考えると、右③の「公益上必要と認められるもの」という例外事由は、プライバシー情報の保護よりも公益を優先させるという趣旨の規定ではなく、個人情報のプライバシー的性格の強弱・濃淡と当該行政行為の公共性などを比較考量しながら、公文書公開請求権の行使の適正を確保するための調整規定であり、その調整機能に公益性を与えた趣旨に解釈するのが相当であると思われる。また、公文書非公開決定処分取消訴訟においても、他の一般の抗告訴訟と同様に、行政庁に処分の適法性についての主張立証責任があると考えられるから、被控訴人に当該文書が本条例六条一項一号ただし書のいずれにも該当しないことを主張立証する責任があるというべきことは当然である。
2 そこで、本件同意書が、右の例外としての③に当たるかどうかを検討することにする。
本件同意書が、森林法の規定に基づく林地開発行為許可という行政処分に関して、右行政処分の実施機関である被控訴人が取得した情報であることは争いがないから、問題は、本件同意書を公開すべき公益上の必要性が認められるかどうかである。
まず、前述した個人識別情報としての性格である。本件同意書が公開されることによって、林地開発に同意した水利権者の個人識別が可能になることは明らかである。しかし、水利権は、河川の流水や湖水、ため池の水など公水一般を継続的、排他的に使用する権利であり、原則として公共用物管理法の許可によって成立する公法上の権利と言われている。この理は、河川管理者の許可によって成立する許可水利権(河川法二三条)であると、旧河川法(明治二九年法律七一号)施行以前から主として灌漑用水の占使用権として地方ごとに慣行的に成立していた慣行水利権であるとによって異なるところはない。このように、水利権は、公共用物である河川等を排他的に利用しうる法的地位を意味するのであるから、地域社会においてはむしろ他人から公然と理解されていることが望まれる権利とすら考えられるのであって、権利を有することを他に秘匿しなければならないような性質を伴うものとは考えがたい。この意味で、水利権者であるかどうかという情報は、被控訴人が情報公開の事務の手引(乙一)の中で、個人情報の例として掲げている、①個人の内心に関する情報、②個人の心身の状態に関する情報、③個人の家庭等の状況に関する情報、④個人の経歴、社会的活動等に関する情報、⑤個人の財産状況に関する情報など、個人のプライバシーとして保護される情報に含まれると解することは相当でないというべきである。水利権の性格にかかわらず、それを明らかにすることがプライバシーの侵害にあたるという趣旨の被控訴人の主張は採用できない。もっとも、本件同意書は、単に水利権者であるというだけでなく、本件林地開発行為に同意したという水利権者の内心をも同時に明らかにするものであるから、その部分は、前記①の個人の内心に関する情報にあたると見る余地があるので、なお、本件林地開発許可における本件同意書の位置づけなどを踏まえて、公益上公開の必要があるかどうかを検討すべき筋合いである。
3 本件同意書は、被控訴人の林地開発許可制度実施要綱(乙二)の規定に従い、本件林地開発許可申請書の添付書類として提出され、受理されたものである。右実施要綱は、森林を、無秩序な開発から守り、人間社会と自然との調和のとれた秩序ある開発を進める必要から、林地開発許可の取扱いについて厳正かつ円滑な実施を図る趣旨で、森林法に基づいて定められたものであり、開発許可の基準は、①森林のもつ災害防止のはたらきが、開発することによって失われ土砂の流失や崩壊その他の災害を発生させるおそれがないこと、②森林の持つ水源かん養のはたらきが、開発によって失われ、水の確保に著しい支障をきたすおそれがないこと、③森林のもつ環境保全のはたらきが、開発することによって失われ、環境を著しく悪化させるおそれがないこと、とされている。そのために、森林法一〇条の二第二項二号は、林地開発の不許可事由として、「当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により、当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること」を挙げている。このような趣旨から考えて、本件同意書は、林地開発による水量の変動に利害関係を有する者の意思を忖度するものとして、右不許可事由に関する適否判定の重要な資料の一つとなると考えられる。水利権者の同意の有無が、森林法が規定する林地開発の許可・不許可の要件とは明記されていないから、同意がないことのみを理由に不許可処分をすることはできないと解されるが、前記実施要綱において、許可申請書の添付書類として水利権者の同意書が定められている以上、開発区域内に水利権者が存在するにもかかわらずその同意書を添付しないで許可申請しようとすれば、右同意書を添付するよう行政指導がなされるのみならず、ひとまず許可申請自体が受理されないという事態となることは十分に予想されるところである(現に、乙一一の一、二によれば、秋田県における林地開発許可申請の担当部署である秋田県林務部森林土木課(林地開発担当)の担当職員は、林地開発許可の申請をしようとする者に対して、開発区域内に水利権者がいる場合にはその同意書をとるよう行政指導していることが認められる。)。してみると、少なくとも、実施要綱で定められた添付書類である水利権者の同意書は、林地開発の許可不許可を判断するための単なる一資料に止まるのみならず、許可不許可の判断に事実上重大な影響を及ぼすべき資料であると推認されるものである。このように、本件同意書が、本件林地開発許可申請に際して必要不可欠な絶対的添付資料ではないとしても、許可不許可を判断するための参考資料として、許可不許可の判断に重大な影響を及ぼしかねない重要性を持つとすれば、違法又は不当な行政処分の是正の観点からしても(法一〇条の三によれば、偽りその他の不正な手段により林地開発許可を受けて開発行為をした者に対しては開発行為の中止又は復旧に必要な行為をすべきことを命ずることができるとされているのであるから、仮に、本件同意書公開の結果、本件同意書が偽造されたものであるとか、本件同意書が水利権者でない者が水利権者であると称して作成したものであるといったことが判明すれば、これがきっかけとなって、違法又は不当な林地開発許可処分が是正される可能性があるというべきである。)、環境に関わる行政が、生活と自然に及ぼす影響の大きいことから、それに対する地域住民の関心が高まっていると見られる状況の下で、県民の県政への理解と信頼を深め、公正な行政運営の確保と県民参加による県政の一層の推進を図るという本条例の目的に照らしても、本件同意書が公開されることの意義は、少なくないものと解されるのであって、これに対して、本件同意書が公開されることにより明らかになる情報は、特定の水利権者が本件林地開発行為に同意したということであるところ、水利権者であるかどうかということ自体がプライバシーとして保護される情報に含まれないことは前記のとおりであるし、確かに、水利権者が林地開発行為に同意したか否かという情報は、個人の内心にかかわる情報であって、プライバシーとして保護されるべき情報であるとはいうものの、純粋に私的な事柄についてのものではなく、林地開発行為という周辺の環境に重大な影響を及ぼす可能性のある公的側面を有する事柄についてのものであることに照らせば、右情報が公開されることによるプライバシー侵害の程度は相対的に低いものといわざるを得ず、前述した本件同意書公開の意義を上回る程のものとはいえないというべきである。以上によれば、本件同意書を公開することについて、公益上の必要があると解するのが相当である。本件同意書の添付が、林地開発許可申請にとって許可不許可の要件になっていないことを理由として公益性を否定する被控訴人の主張は採用できない。
三 以上検討したところによれば、本件非公開決定は、本条例に定める非公開基準に該当しない文書について非公開としたものであって違法であるというべきである。
第四 以上の次第で、控訴人の本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は相当でないから、原判決を取り消して控訴人の請求を認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官守屋克彦 裁判官丸地明子 裁判官大久保正道)